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◆はじめに
就業規則の作成時期を検討する際、多くの経営者様が基準とされるのが、労働基準法で義務化される「労働者10人以上」という数字です。
しかし、現場を数多く見てきた社労士としてお伝えしたいのは、労働者が10人以上になってから就業規則の作成に着手するのは、リスク管理の観点では少し遅すぎるかもしれない、ということです。
今回は、なぜ労働者10人未満であっても就業規則についてきちんと考えておくべきなのか、その理由を「攻め」と「守り」の観点から解説します。
◆解説:労働者10人以上というルールの根拠について
労働基準法第89条には「常時10人以上の労働者を使用する場合、就業規則を作成し届け出なければならない」と定められています。この10人という線引きは、労働者が一定数に達し、労働条件を画一的・集団的に管理する必要が生じる規模を考慮したものと言われています。
同時に、法律が作られた当時に「極めて小規模な事業所にまで、複雑な書類作成や届出の事務負担を強いるのは酷である」ということと、監督官庁の指導能力の限界も考慮した行政上の配慮(政策的な判断)も含まれています。
※ただし、この解釈は法律の条文に直接書かれているものではありません。「なぜ10人なのか」という問いに対して、現場で長年語り継がれてきた読み解き方とお考えいただければと思います。
つまり、10人未満ならルールが不要だと言っているのではなく、「事務が大変だろうから、10人までは就業規則の作成や、行政への報告(届出)を免除してあげましょう」という、事務負担軽減のためのラインなのです。
労務トラブルは、労働者が1人であっても100人であっても、同じように起こり得ます。10人という数字は、会社を守るための安全基準ではないということを、押さえておく必要があります。
◆実務の視点:労働者が0人の時から就業規則について考えるメリット
10人という行政上の数字に惑わされず、1人目を雇い入れる前(0人の時)から就業規則の構想を練っておくことには、経営上の大きなメリットがあります。
1. 後出しジャンケンによる不利益変更リスクを防ぐ(守りの視点)
就業規則は、会社と従業員の労働条件を包括的に規律するものです。
会社のルールブックとして、入社した全従業員に等しく自動的に適用される、いわば会社内の共通ルールのような性格を持ちます。
さらに、会社を守る上で欠かせないのが懲戒処分の根拠です。
あらかじめ就業規則に「どのような違反をすれば、どのような処分(減給や解雇など)を受けるか」が明記されていなければ、たとえ従業員が重大な問題行動を起こしても、会社は法的に有効な処分を下すことができません。
ルールがない状態での処分は、不当処分として逆に会社が訴えられるリスクに直結します。
加えて、1人でも従業員を雇った後に、「やっぱりこういう厳しいルールにしたい」と変更を加えようとしても、それが従業員にとって不利益な内容であれば、原則として個別の同意が必要になります。
例えば、最初は「7時間勤務」だったものを、就業規則を作るタイミングで「8時間」に変更しようとするケース。
これは労働条件の不利益変更にあたり、原則として労働者個別の同意が必要となります。
従業員がいない「0人」の時であれば、公序良俗に反しない限り、また最低賃金や法定の労働時間・休日といった法律で定められた最低ラインを下回らない範囲であれば、経営者の理想とするルールを誰の同意も必要とせず、法的に有効な形で自由に決めることができるのです。
もう一点だけ付け加えると、就業規則は「作って終わり」ではありません。
実際に従業員を採用した際に、内容をきちんと説明し、読んでもらえる状態にして初めて効力を持ちます。せっかく時間をかけて作ったルールも、従業員が知らなかったでは意味がありません。入社時の説明とセットで準備しておくことを、ぜひ心がけてください。
2. 経営者の思想を具現化する(攻めの視点)
「うちは1人目の採用から、これだけしっかりとしたルールを整えている」という姿勢は、応募者に対する大きな安心材料になります。
特に最初に入社する社員にとって、整った規則は「自分を迎え入れるために、会社がここまで真剣に環境を作ってくれた」というメッセージになります。自分が特別な存在として期待されている実感は、中小企業において大切な、離職しない強い絆の原点となります。
「何を評価し、何を禁止するのか」、「会社として何を目指し、社員にどう報いるのか」。これらを明文化しておくことで、経営理念に共感する質の高い人材を惹きつけることが可能になります。
◆就業規則を考える上でのワンポイントアドバイス
「0人の時から就業規則を作るのは大変だ」と感じるかもしれません。
しかし、最初から完璧な完成品を目指す必要はありません。
まずは以下の3点について、経営者様自身の考えを整理することから始めてみてください。
- 服務規律: どのような姿勢で働いてほしいか(SNS利用や副業、秘密保持の考え方など)。
- 労働時間と休日: 効率的に働くための仕組みはどうあるべきか。
- 賃金体系: 頑張りをどのように給与に反映させるか。
これらを考えることそのものが、貴社の組織の骨組みを強くすることにつながります。
◆結論:10人は「義務」のライン、0人は「戦略」のライン
労働者が10人になってから慌てて雛形を写した就業規則を作るのは、法律で決まっているから作るという単なる事務作業になりがちです。
一方で、10人未満のうちから自社のルールについて深く考えておくことは、将来の成長を見据えた戦略的な投資となります。
義務だからと慌てて作成した就業規則と、創業当時からじっくりと考えた就業規則。どちらに価値があるでしょうか?
10人という数字は、あくまで行政上の通過点。
1人目を雇うその前から、自社のあり方を就業規則という形で見つめ直してみる。
その準備こそが、将来起こり得るトラブルを防ぎ、社員が安心して力を発揮できる強い組織を作るための第一歩となります。
この投稿が、貴社の土台作りのヒントとなれば幸いです。

- 第3回:就業規則作成のタイミング ― なぜ「労働者数10人」を待つのがリスクなのか
- 第2回:就業規則の届出方法 -変更・規程の新設・全条失効の方法も解説します。
- 交通事故で退職…その後の生活費、どうすれば?所得補償制度について解説します。
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- 第1回:就業規則の基本中の基本 ― そもそも就業規則とは?

この記事の執筆者
社会保険労務士事務所メインライン
”ここまでやるかと言わせたい!”
【元ホームセンター店長×実務経験7年】
20人未満の中小企業専門社労士です。
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