交通事故で退職…その後の生活費、どうすれば?所得補償制度について解説します。


交通事故で退職…その後の生活費、どうすれば?所得補償制度について解説します。

はじめに

「交通事故に遭い、治療に専念するため、やむなく退職することになった…。」

日々、多くの方から労災保険や社会保険に関するご相談をいただきますが、中でも不慮の事故による休業や退職に関するお悩みは、ご本人の精神的・経済的なご負担が大きいものだと感じています。

この記事では、そのような場合に利用できる可能性のある3つの所得補償制度、「傷病手当金」「労災保険の休業(補償)給付」「休業損害」について、退職後も受給できるための要件を中心に、解説していきます。

結論:退職後も所得補償は受けられます(ただし要件あり)

結論から申し上げますと、退職後であっても、一定の要件を満たせばこれらの給付や補償を受けられる可能性があります。

どの制度を利用できるかは、事故の状況(業務中や通勤中か、あるいは私生活での事故か)によって異なります。
また、複数の制度から同時に満額を受け取ることはできず、「支給調整」という仕組みが存在します。
それぞれの制度の要件と注意点を理解することが重要です。

退職後の生活を支える3つの所得補償制度

交通事故によるケガで働けない期間の所得を補償する制度は、主に下記の3つが考えられます。

  • 傷病手当金(健康保険):業務外の事故(私生活での交通事故など)が対象
  • 休業(補償)給付(労災保険):業務中・通勤中の事故が対象
  • 休業損害(損害賠償):加害者のいる交通事故の場合

それぞれの制度について、退職後も受給するための要件を見ていきましょう。

1. 傷病手当金(健康保険)

業務や通勤が原因ではない病気やケガで働けなくなり、会社を連続して3日間休んだ場合、4日目以降の休んだ日に対して支給されるのが傷病手当金です。

退職後の受給要件(継続給付)
退職後も傷病手当金を受け取るためには、以下の2つの要件を両方満たす必要があります(健康保険法第104条)。

  • 退職日までに継続して1年以上の被保険者期間があること
  • 退職日(資格喪失日の前日)において、現に傷病手当金を受けているか、または受けられる状態(※)であること

(※)「受けられる状態」とは、労務不能ではあるものの、有給休暇を使っていたり、欠勤していても会社から給与が支払われたりしていたため、結果的に傷病手当金の支給は受けていない、といったケースなどが該当します。
重要なのは、「退職日に労務不能で出勤していないこと」です。

2. 休業(補償)給付(労災保険)

仕事中や通勤途中の事故によるケガ(業務災害・通勤災害)で働けない場合に、労災保険から支給される給付です。休業4日目から支給されます。

退職後の受給要件
労災保険の給付を受ける権利は、労働者でなくなったことによって消滅するものではありません(労働者災害補償保険法第12条の5)。

したがって、退職によって受給資格がなくなることはありません。 療養が必要で、労働することができない状態が続いている限り、要件を満たすものとして支給が継続されます。

3. 休業損害(損害賠償)

加害者がいる交通事故の場合、ケガによって休業したために得られなくなった収入を、加害者側の自賠責保険や任意保険に対して請求するものです。
これは公的な社会保険給付ではなく、民事上の損害賠償にあたります。

退職後の請求について
退職した場合でも、事故によるケガが原因で働くことができず、収入を得られない状態であれば、その損害について休業損害として請求できるのが一般的です。
ただし、ケガの程度と関係なく自己都合で退職したと判断されると、請求が認められにくくなるケースもあるため、注意が必要です。

項目傷病手当金(健康保険)休業(補償)給付(労災保険)休業損害(損害賠償)
対象となる事故業務外の病気・ケガ業務上・通勤上の病気・ケガ第三者(加害者)の行為によるケガ
退職後の受給要件あり(1年以上の被保険者期間等)可能(退職は受給権に影響しない)可能(事故と休業の因果関係による)
支給額の目安給与のおよそ3分の2給付基礎日額の80%(特別支給金含む)原則として事故前の収入額(100%)
請求先健康保険組合 or 協会けんぽ労働基準監督署加害者側の自賠責保険・任意保険会社
他の給付との関係労災保険からは給付されない健康保険からは給付されない労災保険や年金と支給調整あり

損害賠償と公的給付の「支給調整」について

交通事故のように第三者の行為によって損害を受けた場合、加害者から損害賠償(休業損害や逸失利益など)を受け取ると、労災保険や障害年金などの公的給付との間で「支給調整」が行われます。
これは、同じ損害について二重に補償を受けることを防ぐための仕組みです。

1. 労災保険給付との調整

労災保険では、休業中の所得を補償する「休業(補償)等給付」や、後遺障害が残った場合に支給される「障害(補償)等給付」などがあります。これらと損害賠償との調整は以下のようになります。

  • 先に損害賠償(休業損害や逸失利益など)を受けた場合
    自賠責保険などから先に賠償を受けた場合、その賠償額の限度で、労災保険の給付は支給されません。例えば、休業損害として100万円を受け取った場合、労災の休業(補償)給付も100万円に達するまでは支給が停止されます。
    障害(補償)等年金についても同様で、受け取った損害賠償の額に達するまで支給が停止されます。ただし、災害発生後7年を経過すると、支給停止額が損害賠償の額に達していなくても、労災年金の支給が開始されます。
  • 先に労災保険の給付を受けた場合
    先に労災保険から給付を受けた場合、政府(労災保険)は、支給した給付額を限度として、あなたが加害者に対して持っている損害賠償請求権を代わりに取得し、加害者側へ請求(求償)します。このため、あなたが加害者側に請求できる損害賠償額は、その分減額されることになります。

注意点:特別支給金は調整の対象外
労災保険から支給される休業特別支給金や障害特別支給金などは、労働福祉事業の一環として支給されるため、支給調整の対象とはなりません。 つまり、損害賠償金を受け取った場合でも、特別支給金は受け取ることができます。

2. 障害年金(障害基礎年金・障害厚生年金)との調整

交通事故による後遺障害が国民年金法・厚生年金保険法上の障害等級に該当する場合、障害基礎年金や障害厚生年金が支給されることがあります。この障害年金と加害者からの損害賠償(逸失利益など)との間でも調整が行われます。

  • 先に損害賠償金を受給した場合
    加害者から先に損害賠償金を受け取った場合は、二重の補償を避けるため、事故発生日の翌月から最大で36か月(3年間)、障害年金の全部または一部が支給停止となります。これは、損害賠償金によって補てんされた期間は、年金の支給を停止するという考え方に基づいています。
    36か月経過後の扱い:支給停止期間が上限の36か月に達した場合、37か月目からは、損害賠償金を受け取っていても障害年金は支給されることになります。
  • 先に障害年金を受給した場合
    加害者との示談が成立し損害賠償金を受け取った場合、本来支給停止となるべきであった期間(最大36か月)に受給した年金(賠償額と重複する部分)は、原則として国に返還する必要があります。
    一括での返還が難しい場合には、その後に支払われる障害年金の額から調整(相殺)されることになります。この調整は、本来支給停止となるべきであった最大3年分の年金額に達するまで、将来の年金(年金額の2分の1が上限となるケースが多いです)から差し引かれる形で続きます。このため、事故から3年が経過したからといって、すぐに年金が全額支給されるようになるとは限らない点に注意が必要です。

まとめ

今回は、交通事故で退職された場合の所得補償制度と、損害賠償との調整について解説しました。

  • 交通事故で退職した場合でも、事故の状況に応じて「傷病手当金」「休業(補償)等給付」「休業損害」などの所得補償を受けられる可能性があります。
  • 退職後も受給するためには、それぞれの制度で定められた要件を満たす必要があります。特に傷病手当金の継続給付は要件が複数存在するため、注意が必要です。
  • 加害者から損害賠償金を受け取る場合は、労災保険(休業・障害)や障害年金との間で「支給調整」が行われます

不慮の事故に遭われた上、退職せざるを得ない状況は、心身ともに大変な負担となります。利用できる制度を理解し、適切に手続きを進めることで、治療に専念できる環境を整える一助となれば幸いです。


【参照元】

全国健康保険協会「病気やケガで会社を休んだとき(傷病手当金)」
https://www.kyoukaikenpo.or.jp/g3/sb3040/r139/

厚生労働省「労災保険制度の概要、給付の請求手続等」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/rousai/gaiyou.html

e-Gov法令検索
https://elaws.e-gov.go.jp/