フレックスタイム制の実務と運用|残業計算からメリット・デメリットまでわかりやすく

【はじめに】

フレックスタイム制は、従業員が始業・終業時刻を自主的に決定できる制度として広く知られていますが、その運用にはルールが存在します。
単に「自由な働き方」という側面だけでなく、給与計算や労働時間管理における仕組みを正しく理解しておかなければ、思わぬ労務トラブルに発展しかねません。

この記事では、制度の概要、メリット・デメリット、そして実務上重要な「残業代の計算」や「Q&A」まで解説します。

【概要】

フレックスタイム制とは、3ヶ月以内の一定期間(清算期間)の総労働時間を定めておき、その範囲内で従業員が始業・終業時刻を決定する制度です。

  • 最大の特徴: 1日単位ではなく、「清算期間の総枠」で労働時間を管理します。
  • 要件: 就業規則への規定と、労使協定の締結が必要です。
  • 注意点: 「自由」=「放任」ではなく、原則として労働時間の把握義務や、休憩の一斉付与などのルールは維持されます。

【解説】

フレックスタイム制のメリットとデメリット

導入前にこの制度がもたらすメリットとデメリットを整理しておきましょう。

メリット

従業員側:

  • 「通院のため遅めに出社」 「子供のお迎えのため早めに退社」など、生活と業務の調和(ワークライフバランス)が図れます。
  • 業務の繁閑に合わせて、「忙しい日は長く働き、暇な日は早く帰る」といったメリハリのある働き方が可能です。

企業側:

  • 残業コストの削減: 1日8時間を超えても直ちに残業代は発生せず、暇な日に早く帰ることで時間を調整(相殺)できるため、固定時間制に比べて残業代を削減できる可能性があります。
  • 生産性の向上: ダラダラ残業を減らし、効率的な働き方を促す効果が期待できます。
  • 採用力の強化: 柔軟な働き方ができる環境をアピールすることで、優秀な人材の確保につながります。

デメリット・課題

  • コミュニケーション不足: 出退社時間がバラバラになるため、全員揃っての会議設定や、緊急時の連絡が困難になる場合があります。
  • 自己管理の難しさ: ルーズな運用になると、業務効率が低下するリスクがあります。
  • 管理の複雑化: 労働時間の集計や残業代計算が複雑になり、管理部門の負担が増加します。

制度の仕組みと導入要件

1. 基本構造(コアタイムとフレキシブルタイム)

  • コアタイム: 必ず勤務しなければならない時間帯(例:11:00~15:00)。
  • フレキシブルタイム: 従業員が選択して労働できる時間帯。
    ※コアタイムを設けない(全時間フレキシブル)運用も可能ですが、逆にフレキシブルタイムが極端に短い場合は制度として認められません。

2. 労使協定で定める事項
導入には以下の項目を定めた労使協定が必要です。

  1. 対象となる従業員の範囲
  2. 清算期間(3ヶ月以内)
  3. 清算期間における総労働時間
  4. 標準となる1日の労働時間(有給休暇取得時の計算に使います)
  5. コアタイム・フレキシブルタイムの開始・終了時刻

※届出について: 清算期間が1ヶ月を超える場合は、管轄の労働基準監督署長への届出が必須です(1ヶ月以内の場合は不要)。

残業代(時間外労働)の計算について

フレックスタイム制の時間外労働は、「清算期間における法定労働時間の総枠」を超えた時間となります。

基本計算式:法定労働時間の総枠

総枠 = 40時間 × 清算期間の暦日数 ÷ 7

ケース1:清算期間が1ヶ月以内の場合 実労働時間が上記の「法定労働時間の総枠」を超えた分が、時間外労働(残業)となります。

ケース2:清算期間が1ヶ月を超える場合(例:3ヶ月) 以下の(a)と(b)の合計が時間外労働となります。

  • (a) 月ごとのチェック: 各月において、週平均50時間を超えた労働時間。
  • (b) 最終的な清算: 清算期間全体(例:3ヶ月)の法定労働時間の総枠を超えた時間((a)ですでにカウントした時間を除く)。

※「完全週休2日制」の特例 清算期間が1ヶ月で、労使協定の締結等、一定の要件を満たす場合、計算上の総枠を超えても「法定労働時間内」とみなす特例があります。

労働時間の過不足と処理

1. 実際の労働時間に「不足」があった場合
清算期間終了時に時間が足りなかった場合、以下のいずれかで処理します。

  • 【賃金カット(控除)】 不足した時間分の賃金を、清算期間の最終月の給与から控除します。 (※途中月での控除は行いません。)
  • 【次の期間への繰り越し】 就業規則等に定めがある場合、不足分を「次の清算期間」の総労働時間に上積みして労働させることができます。

2. 実際の労働時間に「過剰(超過)」があった場合

(A) 清算期間が1ヶ月以内の場合

  • 法定労働時間の総枠を超えた時間分は、その月の残業代として支払います。

(B) 清算期間が1ヶ月を超える場合

  • 【毎月の処理】 各月において「週平均50時間」を超えた労働時間分は、その月の残業代として支払います。
  • 【最終月の処理】 清算期間終了時に「期間全体の法定労働時間の総枠」を超えた時間分(ただし、毎月の処理ですでに支払った分を除く)を、最終月の残業代として支払います。

重要: 過剰分(法定枠を超えた分)を翌月以降に繰り越して相殺(労働時間を減らすことでチャラにする)することは、賃金全額払いの原則違反となるため禁止されています。

有給休暇を取得した場合の賃金計算

有給休暇を取得した日は、労使協定で定めた「標準となる1日の労働時間」を労働したものとみなして、総労働時間に算入します。

計算例(法定総枠171時間、協定上の所定160時間、標準1日8時間の場合)

  • 【パターンA】
    実労働のみの場合
    • 実労働:175時間
    • 判定: 175時間 - 171時間 = 4時間分の割増賃金(残業)が発生。
  • 【パターンB】
    有給取得により所定を超えるが、法定枠内の場合
    • 実労働:150時間 + 有給2日(16時間分) = 合計166時間
    • 判定: 所定(160時間)は超えていますが、法定総枠(171時間)には収まっています。この超過分6時間については、法的な割増(1.25倍)は不要で、通常賃金(1.0倍)の支払いで足ります。
  • 【パターンC】
    有給を含んで法定枠を超える場合
    • 実労働:165時間 + 有給2日(16時間分) = 合計181時間
    • 判定: 合計は法定枠(171時間)を10時間超えています。しかし、実労働時間(165時間)は法定枠を超えていません。
    • 支払額の内訳: 協定上の所定労働時間(160時間)を超えた合計21時間分の賃金支払いが必要です。
      1. 法内残業分(11時間): 所定(160時間)から法定枠(171時間)までは、通常の賃金単価(1.0倍)。
      2. 法定枠超過分(10時間): 法定枠(171時間)を超えた分も、有給休暇によるみなし労働時間分は実労働ではないため、法的な割増義務はなく、通常の賃金単価(1.0倍)。
    • 結論: 合計21時間分すべてについて、通常の賃金単価(1.0倍)を追加で支払えば法的に問題ありません。(※就業規則で独自の割増規定がある場合を除く)

【よくある質問(Q&A)】

Q. フレックスタイム制なら、労働時間の把握は不要ですか?
A. いいえ、把握義務があります。
通達により、フレックスタイム制であっても使用者は各従業員の各日の労働時間を適正に把握しなければならないとされています。
これを怠ると、法定枠を超えたかどうかの判別ができず、正しい賃金計算ができません。
むしろフレックスタイム制は労働時間の把握が適正にできてこそ運用できる制度です。

Q. コアタイムに遅刻した場合、給料は減らされますか?
A. 総労働時間が足りていれば、賃金カットはありませんが、人事評価に影響する可能性があります。
フレックスタイム制では、給料は「清算期間の総労働時間」に基づいて計算されます。 そのため、ある日に遅刻しても、他の日に長く働くなどして総労働時間が所定の時間に達していれば、給与から遅刻分が引かれることはありません。
ただし、「コアタイムに必ず在籍すること」は社内ルール(就業規則)で定められた義務です。
給与は満額もらえても、ルール違反として遅刻の回数がカウントされ、賞与や人事査定でマイナス評価を受ける可能性があるため注意が必要です。

Q. 深夜(22時以降)に働いた場合、割増賃金は支給されますか?
A. 支給されます。
フレックスタイム制で柔軟になるのは「時間外労働(残業)」の計算だけです。
「深夜労働(22時~翌5時)」のルールは変わりません。 仮にその月の総労働時間が短く、残業が発生していなかったとしても、22時以降に働いた時間分については、深夜割増賃金(0.25倍)が支給されます。

Q. コアタイムのない制度で、休憩を「好きな時に取る」ことはできますか?
A. 原則としてできません。
労働基準法上の「休憩一斉付与の原則」はフレックスタイム制でも適用されます。
ただし、以下のいずれかの対応を行えば、個別に休憩を取ることが可能になります。

  1. 労使協定を締結する: 一斉付与の適用を除外する手続きを行う。
  2. 適用除外業種に該当している: 運輸交通業、商業、金融・保険業、映画・演劇業、通信業、保健衛生業などは、法律上そもそも一斉付与の義務がありません。(労働基準法別表第一)

Q. 休憩の与え方は就業規則にどう書けばいいですか?A. 状況に応じて以下のように定めます。

  • 一斉休憩が必要な場合: コアタイム中に休憩時間を設定します。
  • 一斉休憩が不要な場合(協定締結済み等): 「休憩時間の長さ(例:60分)」のみを定め、「休憩を取る時間帯は従業員に委ねる」旨を記載します。

【まとめ】

フレックスタイム制は、従業員の自律性を尊重する制度ですが、その裏側には「法定労働時間の総枠管理」や「休憩・有給の厳格な取り扱い」といった緻密なルールが存在します。
特に給与計算担当者の方は、清算期間ごとの労働時間集計や、有給休暇取得時の処理(みなし時間)について、正しい知識を持って運用することが求められます。

参考の資料として厚生労働省「フレックスタイム制 のわかりやすい解説&導入の手引き」という充実した内容のリーフレットがありますのでご参考くださいますと幸いです。
私も活用させていただいております。


【参考】

厚生労働省「フレックスタイム制 のわかりやすい解説&導入の手引き」 https://www.mhlw.go.jp/content/001140964.pdf


この投稿が少しでもお役に立てたら幸いです。