退職金制度の比較と選び方。中退協・DC・保険など主要5制度の特徴を解説します。

【はじめに】

「従業員の定着率を上げたい」 
「そろそろ退職金制度を整えたい」 
「従業員のためにもなり、かつ会社の負担も抑えられる制度はないか」

経営者の方からこうしたご相談を受ける際、皆様が気にされているのが「どの制度を導入するのが手軽で、かつ会社にとってメリットがあるのか」という点です。

退職金制度を整えることは、従業員の安心感だけでなく、制度を正しく導入することで、掛金を経費計上して法人税を節税したり、選ぶ制度によっては昨今負担が増している社会保険料負担を抑制し、労使双方の手取りを増やしたりすることも可能です。

しかし、世の中には「中退協」 「特退共」 「企業型DC」 「DB」など似たような言葉が溢れており、自社に最適なものがどれなのか判断するのは難しいかと思います。
今回は、主要な5つの退職金制度について、「導入の手軽さ」と、会社のお金を残すための「キャッシュフロー(節税・社保削減)」の観点から概要を解説します。

※本資料は2025年11月時点の制度情報に基づいています。制度は法改正により変更される可能性があります。

【各制度の解説】

中小企業が導入を検討すべき制度は、主に以下の5つです。
それぞれの特徴とメリット・デメリットを紹介します。

1. 中小企業退職金共済(中退協)

国(独立行政法人)が運営する、最もポピュラーな制度です。
会社が掛金を支払い、機構が管理・給付を行います。
多くの中小企業が最初に検討する制度です。

  • メリット

【全額損金】
掛金は全額経費計上でき、節税になります。

【国からの助成】
新規加入時には国からの掛金助成があり、初期負担を軽減できます。

【過去勤務通算】
加入前の過去の勤務期間分も遡って通算することができます。
創業当初から頑張ってくれている従業員にも報いることができる仕組みです。

【手軽さ◎】
事務手続きが加入時と納付のみで非常に楽です。

  • デメリット

【掛金の変更が困難】
掛金の減額には従業員の同意が必要です(または厚生労働大臣が経営困難と認めた場合のみ可能)。
そのため、業績悪化時などに柔軟に掛金を下げることは容易ではありません。

【短期退職は掛け捨て】
加入期間が1年未満で退職した場合、掛金は掛け捨てとなります。
また、1年以上2年未満の場合も、掛金総額を下回る額の支給となります。

【退職時の支給のコントロール不可】
退職金は従業員に直接支払われるため、会社が支給額をコントロールすることはできません。
懲戒解雇の場合、認定を受ければ減額は可能ですが、手続きが煩雑であり、減額分が会社に戻るわけではありません。

2. 保険会社の福利厚生プラン(変額保険等の活用)

法人向けの生命保険(養老保険や変額保険など)を活用する方法です。
他の制度とは異なるのが、「会社の手元に資金(権利)が残る」という点です。
退職金の積立と同時に、万が一の際の「死亡退職金(弔慰金)」も準備できます。

  • メリット

【積立金は「会社のもの」】
ここが他の制度との最大の違いです。
中退協やDCの掛金は、払った時点で「従業員のもの」になり、会社には戻ってきません。
しかし保険プランなら、積立金は「会社名義の貯蓄」のままです。

【緊急時の資金確保】
会社にお金がある状態なので、万が一経営が苦しい時には、解約して事業資金に充てたり、契約者貸付を受けて急場を凌いだりすることが可能です。
「従業員のため」だけでなく、「会社の非常用資金」を兼ねられるのが強みです。

【運用益は会社の利益に】
変額保険などで運用が成功した場合、増えた利益は会社に入ります。
会社の判断で自由に使える資金が増えることになります。

【税務メリットを活用した資産形成】
現在の税制では、掛金の「1/2」などを損金(経費)に算入しながら積み立てるのが一般的です。
全額損金ではありませんが、「損金算入による税負担軽減を受けながら、将来の会社資産を形成できる」という点は、経営者にとって依然として大きな魅力です。

【役員等の加入が可能】
経営者自身の退職金準備としても活用できます。ただし、税制優遇を受けるには正社員全員など、公平な基準での加入が必要です。

  • デメリット

【全額損金は不可】
全額損金は不可です。税制改正により、貯蓄性のある保険は全額損金算入ができなくなりました。
現在は養老保険(福利厚生プラン)で保険料の1/2を損金とする商品(ハーフタックス)が一般的ですが、商品によっては解約返戻率に応じてさらに損金算入割合が制限される場合があります。

【早期解約時の元本割れリスク】
最も注意すべき点です。
特に加入から数年以内の早期に解約した場合、戻ってくるお金(解約返戻金)は掛金総額を大幅に下回る(元本割れする)可能性が高いです。
「資金繰りが苦しいから解約したい」という時に、大きな損失が出るリスクがあります

3. 企業型確定拠出年金(企業型DC)

近年、導入企業が急増している制度です。
「社会保険料の適正化」において最も効果を発揮します。
この制度は会社が掛金拠出し、従業員自身が運用します。
「選択制」という、現在の給与の一部を掛金に切り替える(給与総額を変えずに追加コストをかけない)運用方法も可能です。
将来の受取額は従業員の運用結果次第です。

  • メリット

【社会保険料の削減】
最大のメリットです。
DCの掛金は「給与」ではなく「福利厚生費」扱いとなるため、社会保険料の算定対象外です。
同じ金額を給与で上乗せするよりも、会社・従業員双方の社会保険料負担を抑えられます。
※注意:企業型DCを導入(特に掛金を給与の代替とする場合)すると、標準報酬月額が上がらない(または下がる)ことで、将来の厚生年金受給額などが減少する場合があります。この点を従業員に十分説明することが重要です。

【全額損金】
掛金は全額損金扱いです。
会社側に運用のリスク(穴埋め義務)がありません。

【ポータビリティ】
iDeCoや転職先のDCへ資産を持ち運べるため、特に若い世代に喜ばれます。

【役員の加入が可能】
厚生年金の被保険者であれば、社長や役員も加入可能です。
経営者自身の資産形成と節税を同時に行える点は大きなメリットです。

  • デメリット

【導入・運用の事務負担】
導入時の手続き(厚労省への申請等)や、従業員への継続的な投資教育が義務付けられており、事務負担がかかります。

【ランニングコストの発生】
管理手数料などのランニングコストも発生します。

4. 確定給付企業年金(DB)

将来の給付額を会社が約束する制度です。「退職時に〇〇万円払う」と約束し、外部機関で積み立てます。

  • メリット

【従業員の安心感】
従業員にとっては受取額が決まっているため、安心感が高いです。 全額損金算入が可能です。

【全額損金】
掛金は全額損金算入が可能です。

  • デメリット

【運用リスク(穴埋め義務)】
運用成績が悪化して積立不足が生じた場合、会社が穴埋めをする責任を負います。

【導入ハードルの高さ】
制度設計や財政検証が非常に複雑で、専門コストも高いため、中小企業にはハードルが高いのが現状です。

5. 特定退職金共済(特退共)

商工会議所や商工会などが運営する制度です。
地域密着型で、中退協と似ていますが、独自のメリットもあります。
今回は福岡商工会議所の制度を例に紹介します。

  • メリット

【地元の安心感】
運営元が地域の身近な団体(商工会議所等)なので、何かあれば電話や窓口で気軽に相談できます。
中退共の窓口が遠いと感じる方には大きなメリットです。

【重複加入OK】
中退協に入りながら、さらに上乗せで特退共にも加入することができます。

【過去勤務通算】
特退共では、新規加入事業所に限り「過去勤務期間通算制度」を利用できます。
制度加入前に既に勤務していた従業員について、過去の勤務期間(1年以上10年まで)を通算することができます。

【掛け捨てになりにくい】
多くの特退共では、1年未満の退職でも掛金が掛け捨てにならず、一定額が従業員に還元されます。
これは中退協(1年未満は掛け捨て)との大きな違いです。
※ただし、この取扱いは運営する商工会議所等によって異なります。必ず加入前にご確認ください。

  • デメリット

【制度内容の地域差】
運営する団体によって制度内容や条件が異なり、地域差があります。

【長期加入時の条件】
長期加入(15年以上など)の場合、中退協に比べて給付率などの条件が劣るケースがあるため、シミュレーションが必要です。

【まとめ】

自社に最適な制度を選ぶための視点を整理します。

「手軽さ」と「確実性」を最優先するなら
「中退協」がおすすめです。
全額損金で、過去の勤務期間も評価してあげられる「優しい制度」です。
すでに中退協に入っていてさらに上乗せしたい場合は「特退共」を活用しましょう。

■「社会保険料の削減」と「従業員の資産形成」を狙うなら
「企業型DC」一択です。
導入の手間はかかりますが、会社と社員の手取りを増やしながら退職金準備ができる、現代的なメリットが大きいです。
導入時のコスト・手間を乗り越えれば、社会保険料の削減・節税、従業員の採用・定着率のアップとメリットは多いです。

■「会社としての資産形成・投資」を重視するなら
「保険プラン(変額保険等)」です。 経費(一部損金)を活用しながら、会社にお金を残せます。
増えた利益を事業資金として使える「経営の自由度」は、他の制度にはありません。

【おわりに】

退職金制度は、一度導入すると簡単には廃止できません。どの制度を導入するのか最初が肝心です。
自社のキャッシュフロー、従業員の年齢層、そして「会社として何を優先するか(コスト削減か、安心感か、コントロール権か)」を明確にすることが大切です。

まずは、現状の給与で支払った場合と、各種制度を使った場合で、どれくらいコストが変わるのか、シミュレーションをしてみることをお勧めします。
今回は各制度の概要を説明させていただきました。
弊所でも導入の支援を行っておりますので、もっと詳しい内容を聞かれたい方はお気軽にご相談くださいませ。


この投稿が少しでもお役に立てたら幸いです。